「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或いはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄かにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目です。落ちてから四十五分たちましたから。」 ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶に来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ねいに云いました。 ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅く時計を握ったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅れたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」 そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。 ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。
引用:青空文庫
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